不倫はなぜイケナイ事なの?ベーシックインカムで崩壊する恋愛と結婚観

恋愛/人間関係
 
ども瀬名です。

突然ですが、

テレビやマスコミって何かと「不倫報道」しますよね。

・芸能人が不倫
・多目的トイレ不倫
・有名人がゲス不倫
 
・・なんてのをよく見かけます。

正直、我々からすると、そんな話題はどーでもよいのですが、

→そもそも、なぜ不倫報道をするのか?

という点が面白いので、

自分の考えをシェアしようと思います。
 
ちなみに、アナタは不倫と聞いてなにを思いますか?
 
・不倫は悪
・不倫は文化
・不倫は男の甲斐性

などなど、様々な捉え方があると思います。

自分は、不倫は別にやりたきゃやれば良いと思っているタイプです。

(というか自分の行動を世間の言葉で定義する必要すらないと思ってますが。理由は後述します。)

それで、今はこの不倫ってみんなが「不倫=悪」と思っているけど、

明治時代とかそれ以前では、男が妾(愛人)を持つのは別に、悪いことではありませんでした。

でも、今は「みんなが悪と言うから”悪”」なのです。

今はこの【集合意識】によって、「正しいとか間違っているとかの判断を下してる」人が多いです

そしてこの、【集合意識は、メディア(時代)によって作られている】のですね。

だから大衆は、

 
・自分で考えてるようで、考えてない。
・他人の受け売りで生きている。
自分の基準も哲学もない。
・つまり自分の人生を生きてない。

このことに気づいてる人はどれほどいるのか、、疑問です。

だから、テレビやマスコミが何かと「不倫報道」するのは

そうやって社会的な基準や常識を作り出す為です。

では、ここでちょっと視点を変えて見てみましょう。

 
 
 

日本の常識は、世界の非常識。

(自分の常識や正しさを疑えない人間は、アホである)

自分が、タイの女性に言われてすごく印象的だった言葉があります。

それは、

 
タイ女性「瀬名さんは結婚してますか?」

瀬名「そうだね〜してるよ」

タイ女性「ふ〜ん。じゃあ私はタイの奥さんになるね。」

 
以上、何気ない会話ですが、彼女の価値観が透けて見えますよね。

日本人の感覚とはまったく違って面白いですよね(笑)

(自分は、そんなタイの女の子に対して、より一層「愛らしいな」と思ったことは言うまでもありません。)

でも逆に、こっちのパターンもありますよね。

 
タイ女性「瀬名さんは結婚してますか?」

瀬名「そうだね〜してるよ」

タイ女性「なら奥さんと分かれてください!

     私の方がアナタのこと愛してますから!」
 
 
こっちだと多分、自分はもう2度と会いたくないですね(笑)

なにより怖いし。。(愛という言葉の怖さがなんとなく、垣間見れると思います。)

このように、人や国によって価値観や、善悪の基準はぜんぜん違うってことを、日本にいると忘れてしまいがちです。

だから、

自分の正しさや良いと思っていることを疑ってみる。
↑これは非常に重要です。
 
 
自分を疑わなければ、自分の狭い善悪の世界で生きていくことになりますが、それだと残念ながら、どんどんと人生が狭くなり、生き辛くなります。

世の中には、

・絶対
・真理

なんて大層な言葉を使う人がいますけど、そうやって何かを固定することは、変化に適応できなくなることを意味します。

これからは多様性の時代に入っていくので、今のうちから順応しておくのが良いと思いますよ。

(特に男性。女性もですが、人をジャッジする(裁く)人はモテませんからね。)

ちなみに、今って【女性の中でも大きな変化が起きてる】ことにお気づきでしょうか??

というのは、、

 
 
 

結婚(恋愛)という価値観が揺らぐ世界へ突入中。

(恋愛や結婚に対する20代女性の本音とは?)

結婚というものが今後、どんどんし辛くなって行きます。

今後、世の中が【ベーシックインカム】になっていった場合、

国民は国から生活できるだけのお金を貰えるので、
・・女性は男性と結婚するメリットを見つけ辛くなります。

自分は、20代女性と話すことがあるのですが、女性も正直なところ、

 
「彼氏は欲しいけど、(束縛などが)めんどくさい」とか、
「結婚はしたいけど、、相手をそこまで好きじゃない」とか、
「家庭に収まりたくない、、」とか、
・・そういう話をよく聞きます。

ある女性は、結婚を視野に入れた彼氏がいるのですが、

相手の男性が性欲がない為、既にセックスレスらしいです。

(ではなんで一緒にいるの?と聞いても良かったけど、聞くまでもなく、そんな彼氏と付き合っているのは、将来の経済支援の為でしょう。)

(ちなみに、その女の子は性欲がなかなか強いです。)

・・だから、今の世の中のおかしなところって、「恋愛や結婚を不安ベースで行っていること」ですね。

女性は、将来の不安(主に経済面)から逃れる為に、恋愛なり結婚戦略を考えなくてはならない。

だから経済的安定の為に、大して好きでもない相手と恋愛したり結婚したりする。(もしくは子供を作る為に、結婚を考える)

なのですが女性の本音としては、

「本当は彼氏とかいらない。束縛されたくない。

 家庭に縛られたくない。
 気軽に素敵な男性と付き合いたい・・」

こういった女性は非常に多くなってきてる気がします。

自分はむしろ、気軽な関係の方が、【不安ベース】でないので、健全だと思ってます。

・会いたいときに会う
・お互いに束縛し合わない

しかし残念ながら、気軽な男女の付き合いというと、今の世の中では、ネガティブなワードしかありません。

・セフレ
・不倫
・パパ活

なのですが、今後の時代は、男女の付き合い方もガッツリと変化していきますので大いに楽しみにしたいところです。

とにかく、恋愛や結婚の価値観が揺らいでいる。機能不全。崩壊寸前。という事は覚えておいても良いと思います。

そして、だからこそ、、

 
 
 

「恋愛や結婚の枠の中でだけ性交渉を持つべきだ。」(!?)

そんな常識も揺らいでいるということです。

今は、「恋愛や結婚」それ以外での男女の関係は悪のように見なす社会ですが、、

そして、そういう男女の関係を不倫相手、パパ活相手、セフレ、など様々なラベリング(ネーミング)で呼びますけれど、実はそのどれもが本質ではないのです。

人にとって大事なことは、その相手に対してどんな感情や気持ちを持てるかです。

 
・ときめく
・気づきをもらえる
・気持ち良い
・癒される
・安心できる
・エネルギーをもらえる

などなど。

そして、以上に挙げたポイントをすべて提供できる人のことを人は、「先生」とか「素敵な人」と呼ぶ訳です。

それが社会的に、不倫だろうが、パパ活だろうが、セフレと呼ばれようが、関係ありません。

当の本人達にしかその関係性の本質が知り得ないのです。

人間関係とは、定義されるものではなく、もっと「形のないアメーバ」のように絶えず変化し続けるものです。

それは「定義」という固定化されたもので表すことも理解することも出来ず、その本質は当事者である彼と彼女の心の中にのみ存在するということです。

しかし、今の世の中では、「当事者同士の気持ちよりも、定義やラベルを優先する」というおかしな事になっているのですね。

もしくは、人と人の関係性を定義したり、ラベリングすることによって理解したつもりになっている愚かしい風潮がある。ということです。

 
 
 

好きだよ愛してるは、もう通用しない?

「概念の奴隷」という話があります。

現代人の多くは、概念の奴隷です。

概念とは、たとえば、「恋愛や結婚」などですね。

この現代的な、多くは西洋由来の「恋愛や結婚観」を当たり前のものとして、そこをベースにすべて考えさせられている。ということに気づかないといけない。

たとえば、

 
「恋愛関係では、お互いを《彼氏・彼女》とネーミングし、お互い以外に性交渉を持たない約束をして、一途なことが美徳とされる。そうやってお互いに縛り合い、お互いに所有し合う。」
これが【恋愛教の教義】になっている訳ですね。多くの場合。

でも、本当はこの西洋由来の恋愛観の「歴史は浅い」のです。

そして、ここで何を言いたいかと言うと、最近の女性はそういう恋愛や結婚の概念に冷めてきているのです。

「好きだよ。愛してる。」

という言葉も、実際には「ただヤりたいだけなんだよね。」ということを深いところで見透かしてしまえるのが女性なんです。

以前の記事にも書いたように、【男女の愛はファンタジー】であることを理解しはじめているのです。

 
男女の愛がファンタジーなんて言うと、落胆してしまうかもしれませんが、そんなことはありません。むしろ、これまでが異常だっただけですから(笑)

人の自然に反することを、資本社会は推し進めて来たわけですよね。

(恋愛も結婚も社会のシステムに組み込まれた時点で、不自然なものになっている。)

ちなみに・・自分は「好きだよ愛してる」という言葉は使わないのですけど、その代わりに「どんなメリットを提供できるか」は常に考えるようにしているんですね。

繰り返しになりますが、人にとって大事なことは、その相手に対してどんな感情や気持ちを持てるかです。

・ときめく
・気づきをもらえる
・気持ち良い
・癒される
・安心できる
・エネルギーをもらえる

などなどです。(これら全てを提供できる人がモテないはずがないです)人と人の関係性は、相互メリットがなければ、やはり成り立ちませんからね。

メリットと言うと、あまりにドライに思われる方もいるかもしれませんが、実際にはそれが健全な関係だと思います。

確かに、「気持ちがあれば、別に損しても、苦労してもメリットは要らない。」なんていう楽しみ方もあるとは思います。

恋愛ドラマなんかは正にそうですよね。

 
恋愛関係における、感情の激しいアップダウンを「気持ち良い」「楽しい」「刺激的」と感じる人もいるのです。

(それは投資でチャートがアップダウンしてエキサイトするのと似ていますね。)

だから、正しいも間違いもありませんけど、結局のところ長期的に健全な関係を作っていきたいなら相互にメリットのあるおだやかな関係性を目指す必要があります。

刺激もスパイスとしては有効ですが、それだけでは長持ちしませんよね。

コレは食にたとえると分かりやすいかもです。

 
加工食品やジャンクフードは刺激的 →中毒性、依存性が高い
自然食品は穏やかな旨味がある →心身が整い、生命力が得られる
どちらかと言うと、自分は「自然食品」や「発酵食品」の方を目指したいですね。

それでは最後にちょっとしたネタ話ですが、、

 
 
 

「夫よりも、あなたとの方がセックスしているわよ」

これは、ある知り合いの男性の話ですが、彼は20年以上も関係の続いている女性がいます。

でも、その女性は今や他の男性と結婚しています。

にも関わらず、結婚外でのいわゆる「不倫関係」は継続しているのです。

彼女いわく、「自分の夫よりも、あなたとの方がセックスしているわよ」とのことです。

なんとも考えさせられる話ですね。

でも、なぜこういうことが起こるのかは、ここまで読み進められたアナタならなんとなくご理解いただけると思います。

それでは最後まで読んで頂いてありがとうございました。

セナ薫

 
 
 
 
 
 

PS:おまけ。成功者は何故、悪の要素をもっているのか??

まず、善悪という言葉を言霊的に考えてみます。

「悪」(あく)は言霊的に、「開く」(あく)に通じます。
「開くとは、新たな可能性を開く」

ということであり、悪とは正しいとされている枠から出て、新たな可能性を開拓することなのです。


つまり、そう考えると、悪は人類にとって必要な要素であります。

でも、【正しさの牢獄】に閉じ込められている民衆は、そこに気づくことすら出来ないわけですね。

なので、何かを成す人や、成功者と言われる人々は、必ず悪の要素をもっています。

 それは、「集合意識の檻」から自由に抜け出すことであり、枠からブレイクして発想できる自由さをもっているのです。

正しいを別の言葉で言うと「善(ぜん)」になりますが、

善は十全(じゅうぜん)に通じます。

十全とは完璧ということですが、完璧ほどツマラナイ世界はない訳です。

 
(↑まじめな人、良い人はツマラナイと言われてしまうのに似てますね。)

つまり、悪は、完璧だったり、完成した世界をぶち壊して新たな風を入れるために必要な要素なのです。

そうやって考えると、善悪ってなんだろうと思えてきますよね。

「結局どっちも必要なんだな、、」と思えたら良いと思いますね。

世の中の善悪思想に囚われないで、自分にとっての正解を選んでいくことが、自分らしく生きることにつながっていくと思います!

 
 
 
 

PPS:人間の魅力は、哲学から生まれる??

極端なことを言うと、戦争中だったら、敵兵を殺すことが正義だった訳ですよね。

でも現代で殺人をしたら、それは犯罪として罰せられます。

つまり、社会が規程する正しさや正義は、時代によって簡単に移ろうものです。

そんな移ろいやすい社会的な正しさを盲信して生きるのは、本当は愚かなことです。

社会が、周りが、集合意識が、どんなに「正しい!正義だ!悪だ!」と言っても、自分で考えることをしない限りは(思考放棄した)奴隷と変わらない訳です。

(同じように、多数決(多数派)を信奉するのも愚かなことです。)

なので、

 
 自分にとっての正しさとは?
自分にとっての悪とは?
 
 自分にとっての愛とは?
自分にとっての感謝とは?
 
 自分にとっての成功とは?
自分にとっての自由とは?

すべて哲学を持って生きられる人が豊かなのであり、そういう人が男女共に引きつける本質的な魅力を持ち得るのだと思います。

 
 
それでは!
 
 
セナ薫
 
 
 
 
 

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